ヤバいジジイ

 「この留守電を聞いたら折り返しをお願いします。」
お客さんに対して入れる留守電とは思えない内容。 さすがやばいジジイだ。
 折り返しの電話は代表番号が鳴るので下っ端の私が対応する。 取り継ぐために話し掛けるとやばいジジイは舌打ちをする。 舌打ちが返事。どこの組だろうか。 折り返しを依頼したお前の電話じゃないかと舌打ち返しをしたいと ころだが、 拳銃を持っているかもしれないので聞こえないふりをして電話を回 す。ジジイは猫撫で声でお客さんと話をはじめる。
 だいたいいつもそう。舌打ちか、 反抗期の男の子が母親にぶっきらぼうに返すような「ん」( 男の子の方が可愛い事はもちろんのこと) か無視の3パターンが主流だ。 そしてこの対応は人を選んで行われている。 もちろん上司にはとても柔らかい笑顔でありがとうございます、 とお礼を言いながら取り継ぎを受けている。
 育ちが悪いなと毎回思う。電話を取り継ぐたびに思うので、 思っているのではなく勝手に事実ということにした。 ジジイは育ちが悪い。性格も悪いし顔もスタイルも悪い。 猫撫で声も気持ち悪い。印象が悪いと全てが悪になる、 と私の勉強になったことくらいが良いところだろうか。
 ジジイはやばいやつだがそれを上回るのが弊社だ。 何故あのジジイが入社出来たのか、不思議で仕方ない。 私自身が優秀だとは思っていないが、 他の先輩社員や上司の方々はとても優しいし、 仕事のどこをとっても勉強になるしいつでも頼りになる。 しかしジジイはそのどれにも当てはまらない。 何故採用したんだろうか。 そしてそのやばい弊社人事はいつでも期待を越えてくるのでジジイ は次の春から係長へと昇進することになった。サプライズ人事。 サプライズの語源は上から突然捕まえる、 というフランス語らしい。 こんなに正しいサプライズの使い方があるだろうか。 上から突然捕まえるにしても掴み間違えている。残念ながら、 いくら下から叫んでも聞こえない。たぶん、 雷鳴よりも大きな声でも聞こえない。こっちが感電して死ぬ。
 
 私はジジイを社員としてカウントしていないので全く仕事の確認作 業を依頼しない。 向こうもしてこないので電話以外では関わらないようにしている。 しかし私の後輩(電話より枝毛が大切な子) は仕事の確認作業をこのジジイに依頼している。 向こうから依頼されるので依頼せざるを得ない状況だ。 ちなみにこの後輩は、 ジジイが柔和な対応をする数少ない社員でもある。


 たまたま私の席の真横で後輩と昇進の決まった進化版やばいジジイ が仕事の話をしていたため、 聞きたくなくても内容が聞こえた日があった。 ジジイは進化したので確認作業に余念がない。 これで係長から了承が得られると思うのかと後輩を問い詰めていた 。
 気付いて欲しい、 ジジイは現状で平社員なので了承するかしないかは今の係長が決め ることだと。 そもそも了承を得られると思っているから確認作業を依頼している のに、何故ジジイがストップをかけるのか。 面白すぎて笑いそうになった。 確認作業で止めるのは余程数字が違うとか、 漢字が間違っているとかそういう基本的なところなので了承が得ら れるか分からなくてもそれは平社員が決める事ではないのでそのま ま係長の判断に委ねることになっている。
 私はこの後輩が好きではないが、 あまりにも可哀想だったので私用ケータイで慰めのスタンプを送っ たところ、包丁の絵文字の返事がきた。 刺す人は間違えないで欲しい。 ただしジジイが包丁で死ぬかは分からない。 拳銃を持っているかもしれないので注意が必要だ。 共倒れしてくれれば嬉しいので私は黙っている。
1番性格が悪くてやばいのは私かもしれない。